そばは喉越しで味わう?

 先日寿司屋のカウンターでたまたま隣り合わせになったサラリーマンたちがそば談義をしていて、その中の一人がこんな話を披露した。
 ある地方のそば屋で、食通を気取った同僚が「そばは喉越しで味わうものだ」と、ほとんど噛まずにそばを飲み込むようにして食べてむせかえっていた。それをみた店のおばさんが、「うちのそばは田舎そばだから、よく噛んで味わって食べてください」と笑っていた。
 「喉越しで味わうのはつるつるとした東京のそばを前提とした食文化で、そもそも田舎そばはそば粉の挽き方が違うのだ。ある地方の食文化をそのまま別の地方に持ち込むのは愚の骨頂だ」と、この人は解説していた。
 この話には落ちがある。その地方のそばがちょっとしたブームになって客が増え、件の店も大きくなった。久しぶりに訪ねてみると店員が客にひとしきりそばのうんちくを傾けて曰く、「お客さん、そんなにくちゃくちゃ噛んではだめです。そばは喉越しで味わうものなんだから」